昨年、京都大学免疫学の本庶 佑名誉教授がノーベル医学生理学賞を受賞しました。誠におめでたいことです。
TVのインタビューに答えて、「教科書を信じてはいけない」という趣旨の発言がありました。
私も若い時に免疫学を学んだのですが、最初は(今も)何もわからず、日本語で書かれた、本庶先生をはじめ日本を代表する免疫学者らの執筆、監修(つまり助手や院生が執筆)した本はもちろん、英語で書かれた教科書(更新が速い)は、研究室には一冊しかなく上級生が持っていくのかすぐ無くなり、バイトで貯めたなけなしのお金で買って読みました。
その当時、どの教科書にも当然のように書かれていた現象が、数年後には完全に削除されました。実験の方法そのものが間違いだったということです。研究室の先輩たちが、そのことと関連した論文を一流雑誌に投稿しても、「お前は頭がおかしいんじゃないか?」とのコメントとともに、reject<掲載拒否>されて、追加実験をして、あるいは、考察を書き直して、他誌に投稿してaccept<掲載受諾>になり、大学院が修了になるか、退学になるか、あるいは留年するか、がかかっていて、苦労していたのは言うまでもありません(大学院には「卒業」はありません)。
それでも私が臨床に戻っても、まだ耳鼻科の学会では信じている人がいて、堂々と実験結果を発表、論文を掲載(まともな審査員がいない)していることに驚きました。

よく言われることですが、臨床教室の研究は、症例報告や治療成績報告は別にして、「二番煎じ」「三番煎じ」が多く、10年は遅れています。医師免許取得後、将来基礎研究者、即ち教授になるべく、すぐに大学院に入学する基礎大学院生もいましたが、私を含めほとんどは臨床大学院生で、本来、基礎2年必須、臨床2年ということになっていました。しかし、学部や修士課程で最新の実験手技を学んだ理学部や薬学部卒業生、外国人留学生はもちろん、2年間の研修医を終えた医者も、全員が4年以上基礎研究室に在籍していました。当時でさえ、あまりに高度化した専門知識と実験手技を2年で習得するのは不可能だったからです。

私は本庶先生と面識はありませんが(私たちの研究室の主催した日本免疫学会総会で見かけただけです)、決して「小中学校の教科書を信じてはいけない」と言っているのではないことは明らかでしょう。そんなことだったら、小学校は行かなくてもいいですから。
もっとも、私は高校時代、当初工学部志望であったこともあり、物理・化学選択で、生物は初歩しか勉強していませんが、聞くところによると、最近は自分も苦労して実験した、分子生物学が大学入試の主流らしいので、高校の教科書くらいだと、間違いもあるかもしれません。
分子生物学も自分たちの頃、院生1人が4年かかっても結果が出なかったものが、今では数日間で結果が出るのですから、科学、というより測定機器の進歩には驚かされます。
では、私が4年間大学院で研究して得たものは一体何か。それは、「ものの考え方」が身についたということです。
これは、人手不足の医局で、最初は私が院に行くのを反対していた当時の医局長(講師)が、自身も大学院で研究して得たものとして言っていた言葉です。「辛いだろうが頑張ってこい!」と送り出してくれたのでした。